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HPのことや、日々のことなど

毎年恒例、身内とコナンの映画を観て来ました!

今、眼鏡の度数があってないので、前の方の席にして正解でした。
いつもは中央より少し後ろあたりにするのですが、今回は英語が多いと聞いたので…。
一箇所だけ字幕が向かって右に表記されたかな? あとは中央だったと思います。

園子がこんなにかわいく見えたの、初めてだったかも知れないです…これはヒロイン。 
キッドとコナンの組み合わせは良いけど、今回の一番の見所は京極と園子な気がする。 
あと思った以上にラブコメ(個人的に苦手でして気恥ずかしくなるのでテレビだとツッコミ入れたり、つい電源消してしまう事も/ぇ)も大丈夫でした、むしろ良かったです。

個人的にコナンの活躍が地味なように感じたのですが、今までの映画でのコナンの活躍の派手さに麻痺してたからも? 
今回の映画でも凄いし。 
…あ。 京極さんが出るから異次元アクションだろうっと覚悟してたから逆に落ち着いて観れたからなのかも?

園子と京極さんは良かったし、他の組み合わせも良かったと思います(ED後まで観れば納得かな?っと)
ただ個人的な好みだと、去年の映画のほうが好きかな。

以下はネタバレありの雑感なのでお気をつけを。
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今更ながら気づいたのですが、以前作った石榴というくす玉の作り方、間違えてました!
先日、くす玉の本を購入したのですが、それに石榴の作り方が載ってて、これは作った…あれ?、なんか違う??っと。
石榴より前に作った祇園というくす玉を作った際の手癖というか、最後の折り方だけ違うのかなーって勘違いしたんだと思います…。
手直ししたいけど…糊をつけちゃってたら無理だし、ケースがいっぱいあって何処かなあっていうのと既にケースに入れてしまったので取り出すのが面倒という…。

貴人というくす玉↓ こちらは作り方は間違えていない筈…?
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真面目な話を書くと、あとから恥ずかしくなったり、色々と不安になることが多いです…(苦笑)
だから今日は、くす玉の画像を載せて、記事をさっさと下にやってしまおうかな!って、思っていたのに結局いつもの時間くらいになりました。

Murakamiというくす玉↓ かわいいですよね~ほぼほぼ動画と同じような組み合わせで作れたと思うのですが、名前の由来がよく分からない…むらかみ…というと村上佳菜子ちゃんが一番最初に思い浮かんだのですが…。 
これを紹介されてた動画の方のくす玉を作るのにまだ慣れてなくて、若干よれっているような出来になってしまった気がしますが、これは身内にも好評で、良かったですv
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真面目な話題って書くのに凄く気を使うというか、上手く書けなくて何か語弊あるような…?っていう感じで、自分の文章力に撃沈します(苦笑)

妻に寄り添った姿勢として、男性が仕事より大変だった、仕事の方が楽だった…っと反省するのは悪いとは思わないんだけど、そういった在り方を支持される方の中には、前提として家事や育児を仕事として見ていない、もしくは立場が低い仕事=だからやらせられていると、男尊女卑的な目線で家事や育児をみているんだなあって思う時があります(その価値観自体は外国由来な大きく影響していそうな気が…労働は罰、家事労働は貧乏人の仕事っていう。 その価値観で日本の労働は尊いものっていう価値観を外国では差別だから日本は差別的なのっと言ってしまうのは違和感…日本だと外で働くのも家を中から支えるのも大事な仕事と教えてきた訳ですし…。 実際中と外の両立は男でろうが大変な事ですし)
日本は男尊女卑だと批判されがちみたいだけど、昔の、家事や育児は外での仕事との両立が難しいくらい大変な仕事である…っという)認識の方が、妻(女性)の地位を低くみなしていなかったような…相手に敬意をはらったあり方な気がしなくもないなあって。

なので、圧倒的男尊女卑社会かのように言われたり、人権後進国とか差別主義とかいうのは、どうなのかなあって思っちゃいますね。
外国とて、移民や難民を受け入れるべきっと仰ってた方が、では今日から移民や難民をご自身の家に住まわせてあげてくださいみたいな事言われたら、それはちょっと…的になったり、極右(らしい)を支持するような貧困層が近くに居ないとか言っちゃったり…右を支持している人は貧困層というのはバイアスではないのか?、事実だとしても職業差別的に聞こえるというか…って驚いた思い出…なんというか当然の権利でだから感謝も謝罪もしなくて良いとは言うけど、ブルジョワ(っていうのかな?)的発想だけどノブレスオブリージュとやらを発揮している訳でもないような?って思う時があるんですよね…思い違いなら良いのですが…。

っというのが私の暫定的だけど、前提とした価値観な訳ですが、完全分業かどうかは各家庭の采配で対応していけば良いと思うっという感覚だし、外で働いてくるのも立派に家事育児に貢献していると思うので、男性も主体的に家事や育児を外で稼いでくる以外でも直接的にやるべきだっというのであれば家事や育児の支援で女性ならではとか女性の目線で女性の為の…っという前提の支援は、女性に偏った感じがするんですよね。
少しでも失敗したり気に入らないと役立たずとか使えないとか言われたりするし…稼ぎはそのままにやるように…っていうのは中々こう…まだまだ男性が家庭に入りにくい現状があるような気がします…。
正直、子育て支援の意識でいうなら、女性の支援といわず、家族の支援という意識のほうが大事な気がしなくもないかなあって。
家族に夫含んでなくない?ってなるんですよね…。 女性と子供で、子供を0歳から保育に任せて、働きに出る母親の事は、立派に家事育児に貢献しているとするのに、男性の場合はその程度でやったと思うな、ですからねえ…そうではない家庭もあるんだとは思うのですが、問題として吹き上がる系がそういう感じな気がするというか…普通に男性でも家庭と仕事の両立って難しい事なので、下駄を履かせてもらっているから~っというにはどうかなって…正直、隣の芝生は青くみえる的なものな気がするというか…。 割と下駄と抑圧はセット感。

…で、実はここからが本題のつもりだったのですが、来月は母の日があるではないですか。
母の日といえばエプロンが定番だったと思うのですが、昔母に尋ねたところ、もっと家事をしろっと言われているみたいで嫌って言われたんですよね…。
大人になった今ならその気持ちも分からなくはないのですが、子供(小学生)の頃は少々傷つきました(苦笑)
でも分かると同時に、母が結構ひねくれた受け取り方してるよな…っとも思いました。
母も今思えば、まあちょっと…っと思うところはなくもないらしい。
母の日といえば、仕事をしている母親への感謝のプレゼントだと思うので、仕事で使えるものをプレゼントという意味では間違ってはいないと思うんですよ。 なら癒し系のものでも良かったとは思いますが、園児の頃と違って感謝のお手紙や絵とかではなく、お小遣いを溜めて買える、いつもと違ったものっとなるとエプロンだったんですよね…親への憧れというか、特別感があると思うんですよ。 自分が一生懸命選んだものを仕事で使ってくれたら、自分も親の仕事の役に立てたっていう…感謝の気持ち=親の役に立ちたいっという思いからエプロン的な…勿論家事のお手伝いもありですけど、物でっていう…小さいうちは危ないからって台所はあまり…だったし(うちは古いので色々危険だった…今でもというか古さがまして更に危ない気がするが…)
自己満足だろって言われたそうかも知れませんが、子供の成長的に悪い事なのか、親のしている事に感謝と憧れを持つのは悪い事なのか(父親が主夫していたら父親にエプロン贈っていただろうし仕事で使えるものを選んでいるので母親だからエプロンという感覚とは違うと思うし、大人になれば女性=家事育児かどうかはそうでもないとか普通に分かると思うが…)、子供からみて家事は大変だけど、そんな大変な事をきちんとやってる親に憧れを持もってもらえるような姿を見せてきたと事の現われ(評価)でもあるし、そこで生活必需品みたいなものより贅沢品(高価ではなくても)が欲しいという気持ちもまた自己満足(親個人の)だろうという話になるというか…悪い訳ではないけど、何故それを選んだかの過程についての評価が子供の自己満足と捉えられてもな…という話になりかねないような?
そして父の日ですよ。 父の日にネクタイ渡したら母親的には微笑ましいか特に気にならないと思うのですが、母親にエプロン渡すのとどう違うのかと…。 
父(男)が、もっと働けというのかー!って嫌がったら女性は幻滅しそうな気がします…。 
ここで母ならそういわれても大変なんだなって納得出来るなら、良いか悪いかはさておいてバイアスな気がするかも?(保守的な感性なら筋として分からなくはないけど、平等とか自立性とか言われるのであれば、ん?ってなるというか)
家事や育児に対して大変だと言いつつ、地位の低いものっていう見方を母親自身がしているようなっていう…(実際、自分のお給料から保育費は出したくないけど、子供のステータスになるであろう習い事には投資も吝かではないという…ある程度なら難しい資格もなく家事育児って出来るのは事実なのだけども。 昔は保育園といえば幼稚園よりランク下っていう認識だったのになあ…今では保育園に入れたい、だからなあ…)
ただどういう家事育児の分担具合なのかとかにもよるし男女双方にバイアスはかかっているので、まあ…。
話題の東大での祝辞の件。

部分的に『祝辞』として、ノブレスオブリージュあたりはとにかく、前提としているフェミニズム的な部分とか、気になるところが部分的にあるかなあ…というのが個人的な感想なのですが、
リベラル(?)を自認されている系の方で、男はすぐに調子に乗るから初手でガツンと言うのは良い、というような感想があったのには驚きました。
正直、説教おじさん(井戸端会議のおばさんも似たような部分があるが)を想像してしまったっというか…昭和感というか…。
パワハラ上司とかモラハラを彷彿させると思うのですが…リベラル(?)やフェミ(?)系の方はよく問題視されていると思っていたので、女性から男性へいうのは正当性があるから問題ない…っていう事なのでしょうか?
やられてきたから同じ事をやり返す事は、気持ちとしては分からなくはない事もあるけど、正当性や免罪符になるのか、そもそも不当にやられてきたという基準や判断はバイアスではないかっというもあるのでは?っと気になる部分でもあるし、それを前提にするなら批判してきた保守的な感覚で語られているような…?っと…。
(男のはやんちゃだからガツンと言って…って、初手で威嚇して相手を萎縮させてイニチシアブをとるなんて定石!っていうのは保守的なというか、割とジェンダーロールとかにそったやり方というイメージがあったので…)

話は変わりますが、その前提なら、食器を洗うのが大変だとして食器洗い機を自分の自由に出来る小遣いで買った夫に怒るの妻はどうなんだろう?って思うんですよね。
家事の苦労を味合わせてやれなかった、機械で楽をしやがった、という怒りの気持ち(自分のやってる苦労を理解して寄り添って欲しい、自分の為に動いて欲しい、そのお小遣いを自分の為に使って欲しい…(家族の為に使うお金はまた別にあるけど))というのは、気持ちとしては分からなくもないのですが、それ支配欲だから…っていうね…女からの支配欲は正当性があるというやつなんですかね?
家事や育児を人に任せたり、機械化したりするのは悪い事じゃない、怠惰ではないのだから理解を~っと言ってるし、家事や育児をしながら外で仕事もこなすなんて男性でも辛い、給料を減らさないと家事育児そのものには参加し辛い現状なんて、いわゆるリベラル(?)やフェミ(?)の方でも知っていると思うんですよね…。
だから機械で家事の手間を解決した夫はリベラル(?)やフェミ(?)の方にとっても優しい解決法をとったのでは?って思うんですけどね…割と批判される傾向がある気がする…。

私は男性だから下駄を履かせてもらっているとは思わないんですよね。
どちらかというと、男性も女性も性差に合わせて違う下駄を履かせてもらっているっという考えなので。
性差によって互いが違うメリットデメリットを取捨選択(リスク回避)しており、そうする事で摩擦の回避や多様性を保持しているのでは?っと…。
勿論、既存のジェンダーロールに大きく当てはまらない人もいるので、そういう人の為に自由(自己責任が強くなるけど)があって、それはやってはいけないとして法的な罰則までは定められていない事もあるのでは?(何でも許されている訳ではないけど、それは既存のロールにそった人にも当てはまると思う)

よく女性は勉強しなくても良い、女は馬鹿のほうがモテるっというのあるじゃないですか。
これは言い方が悪い例ですが、よく言えば女性に学歴を求めていない(それより健康である方が大事)っという事だと思う。
男性は女性を学歴で判断する傾向が薄いっという事だと思います。
女性は男性の学歴、職歴は気になる方かと…当人同士が気にしなくても親は気にしますからね。
大事な子の伴侶だからそういうところを見てしまう。
人となりなんて心が読める訳でもない人間は、学歴や外見といった情報から人を判断するんだろうし。
これも下駄のはかせている部分が違う話だと思っていて、
女性は生理や妊娠出産という身体的都合で動けなくなる時があるから、現代社会だと外で稼いでくる、家にかかる維持費を外で稼いでくる男性を選びたいし、そんな女性に選ばれるべく男性は身体を鍛えるなり、勉強に励むなりが必要になってくる訳で…学校選びにもそれが現れている気がするんですよね…。
男性が優遇されているというけど、それはそれぐらい出来なければ価値がないという圧も一緒にあるっていう話で、期待されない圧と同じくらい大変な事だと思うんですよね…。
なので下駄がどうこうと不当か正当かというと、人による部分も結構ありそうだし、国という共同体としてみるとなら、個人の都合ではなく、全体的な傾向に合わせるのが筋だろうし、そこからこぼれた個人の都合は家族とかで自治体とか、国よりは規模が小さめの共同体でどうにかするというので役割分担しているんだと思う…。
それを国が主導でやるとなると、全体で助け合いという事から当然として感謝も謝罪もなく、無償の奉仕を求められる事になるかも知れないけど…そういうのは私は奴隷じゃないっと嫌がったり…しません?