Memosphere

HPのことや、日々のことなど

最近、真面目な話が減ったのは、ファフナーに気をとられているから…ではなくて、
自分の中でそれなりに回答が出たからです。

差別、平等、人権、多文化共生、自由、ヘイト、dis…、
利権やメサイアコンプレックスなどが複雑に絡んでるという印象です。
声高々に取り上げられるいわゆる『自由という権利=人権』は、
そういった面が強く出ているところがあって、
当事者にも様々だという面が分かり辛いです。
焦点すら分かり辛い。

国内の当事者も様々なのに、
さらに海外の当事者の事情も、
対立するような概念も、
人権として一つに纏めて問題を大きくするのは、何故なのか。
弱者に寄り添うとして、強者と弱者という立場を普遍的に扱うのは何故なのか。

強者も弱者も、立場は普遍的なものではないし、
時として間違うことがある、ただの人なのに、
何故立場の上下で語るのか…。

日本人は国籍に拘る排外主義的なものを読んだ事がありますが、
日本人は国籍ではなく、精神に拘っているように思いました。

帰化された方でも好かれているかそうではないかは、やはり当人の精神による気がします。
国籍関係なく、
日本を好きだというのが分かるかたは、日本を批判しても苦言や抗議、意見に聴こえるけれど、
日本を嫌っている、駄目だというのを普遍的な価値観にされているかたのは、
日本を批判すると誹謗中傷に聴こえるっというのはあるかと思うんですけど…。

大体にして、好きか嫌いかではなく、筋が通っているか通っていないかとかのほうが重要な気がしますが…。
嫌っているからと言って、事実を言ってないとかではありませんし。
事実として情報が不足している、っというのの割合に差があるかも知れませんが…。

個人的には日本人は国籍に拘って~っと思うほうが、
国籍とか、自分と相手の立場の上下を普遍的なものとして拘り、自身に対して保守的ではないのかと考える事もあるのですが。
保守的=悪いではないですね。 難癖でもつけなければ。
保守的=排外とも限らないでしょうし。
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