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Memosphere

HPのことや、日々のことなど

現地民を押しのけて建国した国だったら、『何人だろうが関係ない、国の福祉はそこに住む人のもの』みたいな論も分からなくもないんですけど(現地民を押しのけた際の言い分に使われたみたいだから)
日本という国の成り立ちは異なるので、その言い分は筋違いでは?ってなる事もありますね…。
日本は日本人の為だけのっていうのとはまた違うんだけど、優先するのは日本人だろうなあっと…。
その為に(違う民族とかと)仲良くできることはやっていくべきなんだろうけど、差別偏見よろしくない多様に寛容に感謝するべき…なのはいささかどうのか…っと思うこともある訳で…。
(というか自国の底辺層が割をくう話だと思うんだな、それ。 長期的か短期的かでみるかでも違ってくる事もあるんだけど。 …自国の底辺層って、外国に逃げれない層だから、外国から来れる人たちより貧しい可能性もある訳で…文化とかの違いからwin-winの関係になれるとは限らないし。 そういう底辺層が、排他的だから社会の構成員として役に立たない類の弱者と捉えているなら話はまた変わってくるんだけど…)
っと書くと保守的って思われるのかな? 私はもっと右も左も意見をぶつけあっていく(争い合うとかではなく、落とし所を見出す的な意味で。 でも日本は知識? メディア界隈?  政治? にはいわゆる左、リベラルの人材が豊富みたいで、右は少ない印象)べきなのでは…?っと思っているのですが。
なんか一方が言葉狩りというか、封殺する勢いっぽいのが何とも…。

(多様性とか言うけど、成功している(?)ところは、同じ階とか学校には同じ民族ばかりだったり、似たような思想の人達が集まっていたりして、多様性っていうけど別に同じ場所に混在しているのではなく、会社や地域等で区切ってるのか…ってなる。 国境に壁をなくすと国内に壁が出来るというやつみたいなんですよね…それが必ずしも悪いという訳ではないのだけど、取捨選択の仕方次第ではありだとは思うんですけど、何故昨今よく言われている寛容云々は、恵まれた現地民は我慢するべき、むしろ感謝するべきとかいう発想が元になってるみたいで、そこは本来リスクバランスとか話ではないのかなあ?って思っているのですが…)

因みに私はいわゆる左、リベラル系の論を読むと、結論から入っていないか? 普段の主張と矛盾してないか? 自分たちの中で目的はブレていないから矛盾ではないと思っているのは分かったけど、目的が手段になってないか?っと頭にクエッションマークが踊る事も多いのですが、右は右で…言ってる事の筋は通っているかも知れないけどついていけないなあ…っとなるので、思ったより右という訳でもないっと思ってはいるんですけどね…。
どっちにしろ自分の生活に保守的なものでは?ってなるし…(層によってどれくらいで自分の生活を脅かされる事になるのかが変わってくるんですよね…)
個人的に右とか左ってよく分からないんですよね…。 リベラルも。 時と場合などによって意味合いとか解釈が異なっていたりするし…。
ただ日本の場合…いわゆる左とリベラルさんは似たような感じに見えるかなあ?
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