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Memosphere

HPのことや、日々のことなど

暑い…ですね。 
金木犀の枝を3月中に切り損ねた…花が咲かなくても良いなら何時切っても大丈夫みたいなんだけど、まだ良いかなあ、うーん。

いわゆるリベラル(?)さん系って…『日本(社会)』は酷い、的な事をよく仰る印象なんだけど、なんていうか…主語が大きいっていうやつ…なのかなあ?
日本の凄さを伝える系でも、そこまで主語大きくない気がするのは、別に凄い(?)からといってノーベル賞求めたりしないし、凄くないというかデメリット部分もある程度体感してるからとか、自分は凄い訳ではないって思っているからかも知れないけど…。
でも何かを伝える時に主語が大きくなったり、大きく見えがちなのは、リベラル(?)的な方に限った事でもないですかね?
ツイッターとかだと文字制限あるから、伝えたい(この場合は以下に酷いか)事がピックアップされてみえがちっていうのもあるかもですし(文脈である程度わかるとはいえ)
…どちらの割合が強いとか傾向による差異はあるかも知れないけど。
酷いところ(らしい)を伝えようっていうのは悪いとは思わないんだけど、主語のせいか、結論ありきに憎悪を煽られているように感じる事もあるし、割と攻撃的っぽいのが、どうにも…どこの世界の話???ってなる時があるし…極論っぽいというか、正当な怒り(らしい)だから妥協や落とし所を見出さなくても良いみたいな感じだけど、その正当とやらの基準が微妙に感じるものもあるしで、難しいなあってなる。
極論VS極論=論点ズレ=憎悪の煽りあい、みたいになってるように見える事もある…。
私が『いわゆる』や『(?)』をつけるのは、暫定というか、よく把握してないとか、勘違いしている事もあるかも、一概には括れないだろう、等の理由ですね。
あと『(らしい)』っていうのも、人によってはメリットデメリットの取捨選択が異なるから一概には酷いとは言えないだろうなあって…。
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