Memosphere

HPのことや、日々のことなど

前から疑問だったので、いつぞやに調べたことを…。
いわゆる、『デマによる虐殺』があった、っという事について。

昔の、外国人による日本での体験の記述によると、
地震や災害が起きた時の日本の様子は今とそう変わらない…っというか
昔のほうが逞しそうな印象でした。

曰く、地震が起きたけど日本人は一時間も経たない内から家屋を直し始めた、とか、
曰く、災害が発生して多くの人が家屋を失ったのがつい昨日、もう避難所には仮設住宅が立ち並び…云々とか。
どこの出典の記述だったか覚えていないのですが…(すみません、時間をかけて調べれば分かるかも)

そんな日本人が、デマによる虐殺を行うのか…。
東日本大震災の時も、それ以前も、略奪とか重大犯罪はどうだったでしょう?
冷静で整然とした行動はよく聞きましたが…。
日本は昔から災害が多い国なので、もしもの時の備えはありますよね…。
そういえばうちの傍の道は、災害が起こりやすい日本で何かあった時にもっとも被害が少ないだろうとされる土地を探して道を作ったとか何とか(物資輸送のためらしい) 山の方へ行くと普通の家でも船が倉庫にあるし…(昔水害が酷かった為)

気になったので調べてみましたので、続きからどうぞ。 
関東大震災が起きたのは昼。 火災が猛威をふるったようですね。
今と違って家電とか無いので、釜戸が原因みたいです。
でもそれは確認がとれてて、136件だそうです。
風にあおられたりしたようですが、震災直後の火災は、殆どが失火と同時に消火されているそうです。
…人口とかもろもろ詳しく調べてくださったところを参考にしたのですが、

爆弾を使った建物破壊や放火

が、あったそうです。 調べた時は、ぽかーんっとなりました…。
当時の新聞によると、

「朝鮮人、隊をなして石油・爆弾使い放火」 (小樽新聞 大正12年9月3日号外第一)

「朝鮮人、横浜~王子放火」(大阪朝日新聞 大正12年9月3日号外)

「朝鮮人浦和高崎に放火検挙 爆弾所持し唯氷峠列車爆破自白」 (名古屋新聞 大正12年9月4日号外第二)

「朝鮮人捕縛 爆弾其の他押収。軍隊が治安維持に出動したため、不逞鮮人は爆弾を携帯しながら各地方へ退散、鎮圧鎮静化へ」(九州日報 大正12年9月4日号外第三)

っという事があったそうです。 何故こんなことが起きたのかというと…長くなるし、難しいので…『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実 』っというのとか参考にさせてもらってます。 他にも参考にさせてもらったものがあります。

さらに、こんな記事も↓

「警視庁、不逞鮮人暴動を沈静化」、「不逞ではない朝鮮人保護のため、警視庁は取締りを完全に遂行せよ、との急告通達を出した」(大阪毎日新聞)

…保護。 
暴徒のテロを鎮圧するために官憲(軍・警察等)による武力行使がなされ、それ­は正当防衛だけど、結果として中にはいわゆる「不逞鮮人テロリスト」と間違わ­れて死傷した人もいたのは事実、だそうです。

私は当時の人ではないし、資料も政府だか残ってると聞きましたが、
日本人は虐殺したのか…は、どうなのでしょうね…。
文献としての信頼度とか、そういうのを見極めようにも一概にはっきりとは言えるほどの頭もしておりませんので…。

○追記○
そういえば、1年…いえ2年くらい前かな? 教科書に記載されていた虐殺に関しての記述(犠牲者の人数だったかな?)が、根拠が不明とかで訂正されたっというニュースがありましたね。
それから記録によると、この震災の1年後の朝鮮から日本への渡航者は前年より増加しているそうです。
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