Memosphere

HPのことや、日々のことなど

怒りながら許さないって言いながら、
他者には怒ってる人に寛容になってとか、

自分が辛いが全てなのだと、他者を受け付けようとしないのに、
他者には自分や同じ価値観を抱く存在を許容するように求めたりって、

言うとおりにしろっと言ってるのと、どう違うのでしょうか?って、思う時があります。

怒ってばかりでかわいそう、
怒らないほうがかわいそう、

というのを見かけますが、個人的には怒らないと伝わらない事はありますから、
良い悪いかは、場合によりけりだろうなって思うので、
怒るという事自体にはかわいそう、とは思わないんですけど。

理不尽に対して怒っているなら、他者に寛容になってっと言うでしょうか?
他者が最初から聞く耳を放棄してないのなら、拙い説明でも、全ての理解は得られなくても、伝わることはあると思うので、よほど価値観などが違わないとかではない限り、寛容になってっと言う必要性があるのか…理解してもらおうとしてるんじゃなくて、単に風通し良くしてるような…。

ずっと怒ってると、感覚が麻痺してるよね…(マグマの中に居るようなものだから、関係ない事でも起爆したり関連付けて怒ったりとか…)
自己や自己と確かな絆がある間柄なら大丈夫なことでも、
社会という全体に個を通す時は、筋道とかで示すことで信頼に結びつくけど、
それを示さ(せ?)ないまま(他者が理解しない=寛容性に欠けてると思うとか…)怒ってると、何故怒ってるの?ってなるような…。
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