Memosphere

HPのことや、日々のことなど

自由や権利も大切だとは思うのですが、ゆき過ぎてこんな感じになっているように見える時が…。

個人の問題は社会の問題でもあると、責任は社会(皆)で背負うべき…っと自由や権利を主張。

社会が担う(国がとりくむ)=自分含む(社会の一員だから)、他者の責任も背負う事に(実際は税収とか仕事内容の変化とかが直接的で、人の責任がかかってきてるっとは感じないかな? でも結局はそれが対人に影響ある感じ…)

自分のことだけではなく、他者の責任など(の事を全体主義、抑圧だと思っている)を背負わなければいけないことにストレスを感じる。

そうした現状に疲弊、不満爆発。 全体主義、集団圧力などだと社会を批判。

個人(自分)の生き苦しさを訴え…最初に戻るか、あるいは個人の自由と権利を求めて外国へ。

…なんていうか、自分で自分の首を絞めている状況を作り出しているような?っていう…(勘違いかも知れないというか、何というか語彙力から変な事書いてる気がする)
それは…いきぐるしいですよね?って、思った事があります。

選択肢が多ければ自由で権利が保障されてて良い事、みたいな感じなのですが、
選択肢が多いせいで、何をすれば良いのか、何が自分に合っているのか、出来るのか、そういうのの確立が遅れたり、分からなかったりするんですよね…(アイデンティティーとやらで悩んだりとか…)。
人ってそんなに色々抱え込めたり、出来たりするような存在ではないので…。
自由や権利で可能性が広がった面もあれば、自己の確立があやふやになったりして辛い面も増えたような?っと…時々思います。
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