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ポリコレ云々の件で、批判が個人の感想だと思われるっというのが既に差別なのだがそれに気づいていないのだ的な意見があるけど、個人の感想ではないという根拠は何だろう?

個人の事は社会の事、一人一人違うのだから一人一人に合わせるべき的な意見もあるけど、それを社会(あるいは国)にも求めるのは筋違いではないか?って思う時があるんだよね…。

市民と国民では異なるんだけど、いっしょくた感覚というか…。 戸籍と国籍を同じような感覚で捉えている、感じ?

まあ、庶民からしてみたら似たような気はする。 実際は違うんだけども…この場合、そもそも国という概念がグローバルの時代に遅れているっという事になるのかも知れないけど、そうなってくると今度は防衛だ福祉の維持で、皆違うからこそ、国(境界線)があったほうが良いのではっとなるような?

この辺の国や社会に対する捉え方、取捨選択が異なっているから価値観が共有できてなくて、個人の感想に思われたりしているのではないのかなあ?って思うのですが。

個人的に分からないなって思うのは、国という概念に捉われている事はグローバルの時代に遅れているとか啓蒙なさっているように見えるのですが、遅れているはまだしも、愚かとか○○根性とか、侮蔑的なのは…見下しというか挑発的というか…なぜ、そうなるのかと…。
とりあえず根拠はさておき、主張に正当性や優位性がある、と思っての事だというのは理解しますが…。
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