Memosphere

HPのことや、日々のことなど

昨日の続き。 
どうやら親が初詣(あるいは息抜き)に出かられるように助けてあげる訳でもないのに、子供を心配して親(特に母親?)の責任を説くくらいなら黙っているべき、みたいな怒りの声、らしい?

そういう視点は失念していました…。そういう観念からなら話は分かるのですが、そういう問題なのでしょうか?
人混みに行くのが決定事項である以上、負担が自分にも周囲にもかかる訳ですが、周囲が黙らなければならない、協力しなければならない、となるとこの場合における自由や権利は、親(とくに母=女性)の方が優先されるべきである、という基準で考えられた件のようですね。

女性(母親)権利の為に改善しようという事であるなら、周囲=社会=国が面倒を見れるような環境作りが求められているとして…。
昔のように、家族(祖父母や兄弟、親戚縁者)間や、隣近所で子供の面倒をみあうような繋がりは、普段ならそういうのは日本社会の悪しき抑圧であり、負担であると女性(母親)の権利を主張なされていたと思うのですが…?
社会で面倒見たら、子供が成長した家庭や独身者でも、他所の子の面倒をみないといけくなるだろうから負担は減るのではなく増えると思うんですよね。
社会任せは更に負担が増えて嫌かなあって思ったので、上記のような観点は失念してました。
この件に関しては、そういう訳でもない…という事なのかな?
難しいですね…。

神社仏閣は段差も砂利も多いので、ベビーカーなどが通るには不向きなので、神社仏閣は参拝する人の為に、設備投資しないといけない訳ですが、それだけの費用を出せるのかどうか…。
子連れで初詣に関しては、臨時で託児所(有料)が良いですかね? 
本来はお休み期間に働く訳だし、神社関係者や自治体で負担出来るのかっていう話もあるし…。
国が主導しても、税収とかから費用は出てるとしたら、結局は自分が自由に出来るお金が減るという状況になります?
公務員の給料を削っても、横領やサボりが増える可能性があがるような?
割に合わないと思ったら辞めるだろうしなり手も減ると思うし、削ればいい論はブラック企業化みたいな、懸念が…。
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