Memosphere

HPのことや、日々のことなど

寛容性を啓蒙する系って、自分の生活(やポジション)に関ってくる排外的になる印象がある…。
個人の自由って言ったり、息苦しい社会っと言って嫌ったり、外国に行ったりとか…(その選択が悪いとかそういう事でもないし、出来るのだから、個人の自由でもあるだろうって思う)
ただ…それって普段の生活では自分に関与してこない(と思っている)から寛容性とやらを説けるのでは?感が…。

移民とか、異文化に関して、警戒心ある人(寛容性を啓蒙する人からにとって保守、右翼らしい)っていうのは、
寛容性を啓蒙する人とは、自分(達)に関係してくると思われる内容の捉え方が違うと思うんだよね…。
学校給食のハラール対応の件とかでも思ったんだけど。
コスト面とか、それがどう日々の生活に関わってくるのか、そういうの考えると日本が出来る対処も限られてくるんですよね。
差別意識がどうとか、寛容がどうとかいう話とはまた違うと思う…。
差別ではないとかそういう意味ではなくて。
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