Memosphere

HPのことや、日々のことなど

昨日、創作に1枚追加しました。

自分(妻)は夫の母親ではない、家政婦ではないっという意見を読んでいると、妻の苦しみを理解するべき、夫も家事育児にもっと貢献するのが当たり前、っという感じなんだけど、それって夫に自分(妻)の父親とか、小間使い求めているのとどう違うの?、結局のところ、家事や育児は母親=家政婦的な仕事っと認識していて、そういった仕事は女性にとって本来は足枷、というような認識という事でしょうか?っとなる時があるのですが…(これが輝かしく正しい良い女性のジェンダーロールとやらであるとなると、家事などは下層の人がやる仕事みたいな事になるような…? 職業差別というか、結局のところ、良いジェンダロールとやらでヒエラルキー争いをしている女性同士という感じで、男権どうのという話ではないのが主な気がしてくるような…? 女性同士でマウントポジションを取り合っているというか…)

重労働だからベビッシッターとか家政婦雇うのが当たり前の世の中…というのは海外ではあったりするので、それに倣ったほうが女性が楽になる…っというのは分からなくもないのですが、家における女性の価値っていうのは下がるというか、変わるだろうし、子供にとっての家の価値っていうのも変わってくると思う。
っというか海外だと家とか共同体における基本的な価値観(OS)の成り立ちが日本と違うからなあっていう…。
家族は壊れる(子供が成人前に離散したりするのはよくある事)、が前提らしいので、それが前提とする基準ならコストの割き方が異なる社会構造を形成しますよね…それならジェンダーロールががっちがち(規制厳しい)のほうが安心ですね…みたいになる気がしてる。
(意外と海外の方がジェンダーロールががちがちで、日本のほうが自由度高そうに見える事もあるんですよね。 価値観の前提が違うと考えると、なるほどっとなる。 それが個人にとって合う合わないがあるんだなっと…合わないと抑圧とかに感じるのか…っと)

前提としている暮らし方が違うんだから共同体におけるメリットデメリットの取捨選択も異なるんですよね。
それを偏見によって理解が足りてないと括ってしまうのはちょっと乱暴というか、それも偏見なのでは?感。
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