Memosphere

HPのことや、日々のことなど

…なんか真面目な話題、割と選挙にかかわる感じで、自分で…微妙な気持ちになりました。
創作系の事とか、無くはないのですが、妄想恥ずかしいとか色々。
真面目な話題は真面目なので自分の頭の出来が酷いと分かる文章さらしているのですが、事実だからっと割り切れるというか…。
妄想はね、脳内のね、アレな部分ですからね!

ノーベル賞とかの話題もあったけど、あまり興味なくて。
これから研究関連の賞はもらえなくなってきそうっという研究界隈の人の見解読んで、へえ…っとなったりくらいかな?
日本人ではないとか(国際化の時代に国籍とか関係ないっていうなら別に日本人がどう思おうと多様性の一つなのでは?感がなきにしもあらず)、当人の実力なのだから国は関係ない~っていう見解は正直、ズレてる気はしてますけど。
あとわざわざヘイトがどうのっと聞くのとか。

ってまたも真面目な話題に! ……まあ、ここのところ情報集めているとどうにも目につくのでそれに引きずられてしまいますね。
個人的に選挙…候補者的に憂鬱…ってなるのですが…積極的に支持している人や党がある訳ではないので。
支持しない人、党はありますが…。
政治とか元々それほど興味がある訳ではないんですよね。 ただ興味を持つきっかけとなった系の選挙時の反応が凄かった…。
政権批判だったのですが(正直、的射てないんじゃないか?って思う所もあった、もしくは論点ズレてないか?っとか言うのもあったのですが、まあどういう見方をするかですよね…)、その勢いは、正直…失礼かもしれませんが、引きました。
ですがまあ、何故そこまで?っと気になったので自分なりに調べて…感性の違いについていけない(汗)っとなってしまう事も。
批判は良いんです。 的外れに感じたとしても。 罵倒もまあ…(慣れるまで苦心したけど) 
でも批判しているやり方で批判するのとか…リアルで踏み絵的なのとか…頭に疑問符が浮かびます。
あと批判や罵倒というより、呪いみたいなのとか、ちょっと…思想信条関係なく、そういうのは紙に書いて破るか燃やした方が良いと思う…。

自分が興味があるのは、政治とか社会といより、なぜそう思うのかっていう心理のほうで。
なんというか、型に当てはめないでっというタイプの方は日本人らしい『型』を駄目で、国際人(?)らしい『型』というのを好ましく感じているみたいなんだけど、結局『型』に当てはめている気がするんですよね。
っというか、『日本人らしい』っていう『型』が固まっているみたいなんですよね(しかし自分が知っている体験した日本というのが自分の偏見である可能性もあると思うのですが)
でも国際人であるなら、○○人らしい、という型に敬意を払ったり、寛容さをもって接するなら分かるのですが、○○人であるからといって自罰自戒さを求めたりするの、○○人という事に凝り固まった意識があるようにみえるんですけどね…。
(別にそれがお互い発揮出来るならそういったものが互いの間の緩衝材になる事だってあると思うんですけど、偏見=よくないものとしてしか機能しないものっていう感覚が前面に出てるっぽいんだよね…)
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